失語症やディサースリア,聴覚障害を含めたさまざまな言語聴覚障害がある人のためのリハビリテーションの領域において,多くの臨床家は言語聴覚療法室でクライアントが獲得した技法をいかにして日常生活に般化させるかに悩まされてきたと思われる.言語聴覚療法室では特定の技法を用いてある程度明瞭に話すことができても,日常生活では不明瞭にしか話すことができない言語聴覚障害のある人は実に多い.他方で,言語訓練を受けたクライアントが日常生活で訓練効果を発揮できなければ,言語聴覚士とクライアントの双方の努力は報われない.

そうした般化プログラムとして,会話訓練もしくは実用的な日常生活コミュニケーション訓練が重要であることを理解しながらも,諸種の発話障害や言語障害,聴覚障害の領域でそれが積極的,体系的に試みられることは,一部を除いてなかった.体系的な訓練教材もほとんどみあたらなかった.情景画や2・3コマ漫画,写真などを用いた訓練は意図を表出する般化課題として重要な役割を担うが,これらは陳述的課題である.日常生活における双方向性を有する会話課題とは様相が異なる.会話のやりとりを台詞として提示して音読させる訓練課題も試みられている.しかし,言語聴覚障害のある人のための会話訓練は,語学習得を目的とする人のための会話訓練とは異なり,台詞や場面,状況を設定して画一的に行うべきものではない.こうした方式では会話の自由度が失われ,自発的で自然な会話から大きく逸脱しているため,諸種の訓練技法を実際の日常会話レベルで応用し般化させることは難しい.

こうした問題点を解消し,日常生活における自発的で双方向的な会話能力を高めることを目的として,このたび「言語聴覚障害と認知症がある人のための会話訓練集第1巻 臨床家用マニュアル・訓練教材集」をインテルナ出版より出版した.本書は新たな道を切り開く会話訓練教材といえると思う.さらに,本書は認知症がある人のコミュニケーション能力を高めたり,コミュニケーションの機会を増やしてQOLを維持・向上させたり,脳の記憶機能を活性化させるために開発された.

本書は約12年の歳月を費やし,臨床的実用性にこだわり,あらゆるタイプの言語聴覚障害と認知症のある人のために作成されたものである.また,第1章でも記載したが,会話訓練とは一連の機能的訓練を終了してから行うものではない.初めて訓練を行う段階からすでに段階的に行うものと著者は考えている.したがって,本書の対象となるクライアントは急性期から維持期まで実に幅広い.また,成人から小児まで幅広く対象となるものである.

本書が広く活用され,言語聴覚障害と認知症のある方の臨床に役立つことを願ってやまない.

戻る